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小出兼久の煉瓦物語 【第17回 英国の煉瓦建物(1)】

小出兼久の煉瓦物語 【第17回 英国の煉瓦建物(1)】

煉瓦の建物というとどの国を思い浮かべるでしょうか。ヨーロッパ、つまり欧州の国々を思い浮かべる方が多いのではないかと思います。私もそうですが、その中でも今回は英国の煉瓦建物事情を調べてみました。

まずは、英国にいかにして煉瓦がもたらされたのか。これが調べてみるととても面白かったです。
英国における煉瓦の始まりは、ローマ帝国にまでさかのぼります。グレートブリテン島に初めてローマが進行したのは、紀元前55年ユリウス・カエサルのときでした。そして紀元後、43年になるころにはブリテン島の大部分を侵略され、そこはブリタニアというローマ帝国の属州となり、ローマ人に管理支配されるようになりました。時はちょうど西暦1世紀から2世紀にかけて、ローマはいわゆるパックスロマーナという全盛期を迎えていた時代でもあります。
このときローマから英国にもたらされたのが、焼成煉瓦を製造する技術でした。ローマ人によって作られた煉瓦は、一般的に言うと、今日のものよりも幅が広くて逆に奥行きは薄いもので、瓦礫の石積みの壁に水平線を生み出す(安定化のための)煉瓦コースや、ハイポコースト暖房システム(古代ローマの床下暖房システム)の支柱の建設など、さまざまな方法で使用されていました。下の写真はローマのハイポコーストの図解です。

©Stephen Ressler

©Error/Wikipedia

英国の煉瓦を語ろうとしていきなりローマになってしまいましたが、やはりローマ帝国というのは凄いという感想です。人も物もそこに集まり、発展させていったことがすごい。写真のハイポコーストシステムは、床下に空洞を設け、そこへ温かな空気を送り出すという床暖房システムで、公衆浴場など人の集まる場所で使われました。浴場なら燃料もあり、空気を暖められますから一石二鳥。このシステムの床下の支柱として何枚も積み上げられたローマの煉瓦が使われています。

ノーフォークのローマ要塞

ローマ時代の煉瓦建物は今でも、ノーフォークのバーフ城教区の建物(サクソン人の侵攻を防ぐためのローマの騎兵隊を収容する施設:要塞)や、スコットランド・ニューステッドにあるローマ要塞複合施設トリモンティウムなどで見ることができます。
ローマ人はこの後、5世紀に英国を去ります。しかしローマから伝わった煉瓦造りは、12世紀まで同様の方法で行われていたそうです。その間の時期に建てられた建物の中には、古い時代のローマ煉瓦を再利用して造られたものもありました。たとえば、英国ハンプフォードシャー南部の都市セントオールバンズは、ケルト民族の集落でしたが、ローマの時代はヴェルーラミウムというローマ都市になっていました。中心地区にある大聖堂の身廊は、ローマが去った後の11世紀に建築が始まりましたが、その材料は、かつてローマの町であったときの材料を再利用しています。

英国の煉瓦
ローマ人がブリテン島から去った後、英国で製造された煉瓦の最も初期の使用例は、エセックス州コッゲスホールにある1190年に建てられた修道院の建物の最も古い部分であると広く見なされています。このコッゲスホールという町、余談ですが人口は2011年の時点で5000人に満たない小さな町ですが古代ローマ街道のひとつスタンストリートに沿ってあり、骨董品の取引所として有名でした。この古代ローマ街道も煉瓦好きにとってはかかせないものであります。
イーストヨークシャーにあるビバリーノースバーは、1409年頃に建設が始まった中世の英国の煉瓦建物の非常に優れた例と言えると思います。ここで使用されたレンガは50mmと薄く、当時の土着のレンガと同様に、形状とサイズがやや不均一でした。これは、モルタル目地の広さと不均一なサイズや形状を積んでいくことで、煉瓦建物に独特の特徴を与えました。

小出兼久 ランドスケープアーキテクト,ASLA, 岡山県立大学非常勤講師

BLOG :http://koidekanehisa.thyme.jp/koide/
Email. k.koide@docomo.ne.jp

山の中にある研究室