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小出兼久の煉瓦物語 【第4回 煉瓦の建物】

小出兼久の煉瓦物語

【第4回煉瓦の建物】

名古屋市市政資料館 出典:Wikipedia

渋沢栄一と煉瓦との関係は調べればいろいろありました。あれこれを調べる中で、私が興味深かったことのひとつは、渋沢が銀座に煉瓦の街をつくろうとしていたことでした。実際に造ったのです。銀座煉瓦街といいます。渋沢がというよりは明治政府の主導でした。設計者はトーマス・ウォートレスという英国人の建築家でした。

当時の銀座2丁目や3丁目が描かれた図版を見れば、なるほど確かにどこもかしこも建物が煉瓦造りになっているのです。これは、明治の新しい政府が勧めた建物の耐火政策でありました。街路の整備(幅員拡張と歩行者分離)と建物の煉瓦化というのが、その主な骨子で、当時としては莫大な予算がこの計画にさかれました。その背景となったのが、明治5年に起きた銀座大火と呼ばれる大火事です。

江戸東京博物館の銀座煉瓦街の模型 出典:Wikipedia

言われてみれば、東京がまだ江戸と言われていた時代から、江戸にとって火事は大変大きな問題でありました。時代小説なんかを読んでいると、『火事と喧嘩は江戸の華』とのたとえを、頻繁に目にした記憶があります。江戸は火事の多い都市だったそうです。理由は様々で、建物が木造建築だったことや、大名屋敷や寺院などはまだよいですが庶民が暮す裏店は人口が密集していたこと、一説には、江戸には圧倒的に独身の男性が多いので(実際に男女比は相当に男に偏っていました)、九尺二間(今の6畳相当)の裏長屋で暮す男性の寝煙草が原因の火災も相当あったようです。また、冬の乾燥した空っ風(からっかぜ)が関東平野に吹き降ろすという気候も、火事の発生を大きく後押ししました。いったん火災になれば、あっという間に、現代とは比較にならない規模になってしまうわけです。当時の大阪や京都その他の都市と比べても、江戸の火災の発生回数が群を抜いて多かったのは(しかも冬に多い)この気候によるものだと思われます。

さて、時は明治になりました。とはいえ、明治になったからと言って、中央政府の旗振りはともかく、人々の生活様式がそう急に変わるわけはありません。そんな中、明治になって5年。大火が東京の街を襲ったのならば、政府や渋沢たちが火事のない街を目指したとしても、不思議ではありません。火事のない街をつくるというのは悲願であったのだと思います。そのための道路幅員の拡張と耐火建物の整備。銀座通りはそれまでの2倍に拡張され、車道と歩道は分離され、境界には街路樹が植えられ、歩道には煉瓦が敷かれました。耐火建物の材料も煉瓦です。ヨーロッパを視察し、列強に追いつき追い越せとばかりに、各分野で猛烈な革新が行われていた明治の時代……煉瓦街が完成したのを見た時の皆の心境はどうだったのでしょうか。しかし残念ながら、このときの煉瓦建物は、日本の街には根付きませんでした。理由は関東大震災が起こったからです。

まだ耐震性の普及も定かではない時代に、大震災で煉瓦建物は粉々になり、当時としては莫大な予算をかけていた煉瓦の街づくりも灰燼に帰しました。いや、煉瓦は燃えませんから、ここは計画が粉々に砕けたとでも言うべきでしょうか。こうして、日本における煉瓦の建物の時代は短かったですが終わり、その後、鉄筋コンクリートの建物が登場してくることになります。

煉瓦は日本における建築の表舞台からは一旦消えたのです。だから、私なんかも、銀座が煉瓦の街で、それを日本中に推し進めようとしていた過去が日本にはあったとは思ってもいなかったわけです。煉瓦建物の復興は、その後の耐震構造のしっかりした建物の出現を待たなければなりませんでした。今復元されている東京駅の赤煉瓦は耐震構造もしっかりした建築物です。今日では、煉瓦建物もきちんと耐震構造を伴っています。こうして、日本の煉瓦建物は日本という風土・気候に適応したものになっていくわけです。(しかし、普及の機会を当時は逃しました)

煉瓦の家の良いところ

明治政府がまだ煉瓦を推進していた当時、銀座の煉瓦建物には商店のみならず一般の人々も入居することができました。が、評判は芳しくなかったようです。その理由は、当時の煉瓦の品質があまり良くなく、湿気が中にこもってしまうからだそうです。当時の処方や製造技術から言えば仕方のない側面があったのでしょう。しかし、現代の私たちは知っています。適切に造られた煉瓦で住宅をはじめとした建物を建てたならば、そこには多くのメリットがあるということをです。例えば、

・耐火性および耐候性

・環境にやさしい

・断熱効果(エネルギー効率が良い)

・低メンテナンス需要

などが挙げられます。そしてなにより、そのデザインの可能性が無限に広がっているということは大きなことです。ここに煉瓦の面白さがあるのです。次回はそんな煉瓦の住宅や建物の良さについて、考えてみたいと思います。

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小出兼久 ランドスケープアーキテクト,ASLA, 岡山県立大学非常勤講師

BLOG :http://koidekanehisa.thyme.jp/koide/
Email. k.koide@docomo.ne.jp

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