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輸入住宅の過去、現在、未来【ブームの終焉】

こんにちは、フロンヴィルホームズ名古屋です。

今回から二度にわたり、輸入住宅そのものについて、歴史を振り返りつつ、将来について考えてみたいと思います。

そもそも輸入住宅に厳密な定義はありません
輸入住宅が日本国内に広まったのは、1995年に当時の政府が対米貿易の黒字を減らす目的で、国を挙げて住宅建材を輸入することを計画し、JETROを中心に「海外の住宅価格が日本より安い」と宣伝して、輸入拡大を推進したという背景にあります。
そのときに定義づけされた言葉が「海外の設計思想による住宅を、資材またはパッケージで輸入し、国内に建築する住宅」というものです。

そもそも貿易黒字を減らすという目的があったため資材の輸入にこだわっていますが、明治から大正にかけての洋館は国内の建材を駆使したものが多いのも事実。
そう考えると、あえて定義づけするとしたら「海外の設計思想とデザイン・工法により国内に建築する住宅」というものになるのでしょう。

実は1995年当時は円高も進行していた時期。
1ドル80円という為替が後押ししたこともあり、日本中で輸入住宅ブームが起こりました。
JETRO主催でアメリカの住宅視察やセミナーが行われ、ビジネスチャンスとばかりに建築業者はもとより、不動産業者など様々な会社が多数、輸入住宅業界に参入。
輸入住宅展示場には補助金が出されることもありました。
もともとハワイやアラスカに住宅建材一式を販売していたアメリカのサプライヤー、ディストリビューターは、それらをコンテナに積み日本へ輸出していたのです。

日本とアメリカ双方で現れたのが、ブームに乗った新規参入業者です。
しかし、実際の建築はコストが想定以上にかさむものでした。施工に不慣れな業者も多く、クレームが多発し、倒産、撤退する会社が相次いだのです。

もともと政治主導でつくられたブーム。
思っていたほど安く建築することはできず、利益が出なかったため、自然に輸入住宅ブームは去っていきました