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歩こう!文化のみち

こんにちは、フロンヴィルホームズ名古屋です。
先月から始まった、当社社長黒川によるコラム。
 
今回は名古屋市名古屋城から徳川美術館に至るエリアに残る、江戸から明治、大正へと続く近代化への歩みを伝える建築物について。

文化のみち

文化のみちにある「二葉館」は、大正9年(1920年)に、日本の女優第1号として名をはせた川上貞奴と、電力王と呼ばれた福沢桃介が建て、以後6年間暮らしていた建物です。
アメリカの影響を強く受けた住宅を設計・施工する住宅専門会社「あめりか屋」が建築を手がけた、2階建ての洋館と和館をつないだ木造住宅。洋館には来客に電気のある暮らしを知らしめる役割があり、和館では日常の生活が営まれていました。
天井高の高い洋館の1階大広間には、大きなステンドグラス、アールの階段、天井から下がる大きなペンダント照明が下がっています。またアールの壁に沿って作りつけたソファ、木製のダブルハングウィンドウなども特徴。
あめりか屋は名古屋に出張所を作りましたが、それはこの二葉館のため。名古屋でほかにあめりか屋の建物を見ることはできません。
 

二葉館
 

近くには、「旧豊田佐助(豊田佐吉の弟)邸」と「旧春田鉄次郎邸」もあります。大正12、13年に建てられ、洋館と和館をつないだ建物。旧豊田邸は、当時としては珍しい陸屋根、外壁タイル張りの木造建築で、屋上に上がる階段が設けられるなどさまざまな工夫が見られます。旧春田邸は、武田吾一が設計をした建物で木造2階建てです。
 

旧豊田佐助邸
 

今は「橦木館」と呼ばれる旧井元為三郎邸は、大正末期から昭和初期に建てられました。2階に洋式バス、トイレ、洗面がある本格的な洋館を備えた建物です。
井元為三郎は陶磁器商だったこともあり、ステンドグラスや床のタイルなど、随所にその特徴が見ることができます。
 

文化のみち橦木館、洋館

洋館を備えたこれらの建物は、戦後アメリカ進駐軍に接収され宿泊所として利用されることになりました。旧春田邸では、和室の一部を洋間に変えてソファや椅子を置いて生活していたようです。
アメリカ人にとって、和洋折衷の建物はどのように映ったのでしょうか。

毎年文化の日に、ここ文化のみちでイベントが行われています。
 

歩こう!文化のみち
日時:11月3日(土・祝)
場所:名古屋城から徳川園に至る文化のみちエリア

あめりか屋がその一軒のために出張所まで作った二葉館、洋館、和館という大正時代の建築の歴史を感じることができる橦木館や豊田佐助邸はもちろん、名古屋城から徳川園まで幅広いエリアを、当時の建造物などを見ながら散策してみてはいかがでしょうか。